キッチンから地球温暖化を考える  ~ エコ・クッキング ~

 ※昨秋 ある原稿(約700字)用に雑記したものを修正。追記あり 06/8/28

 「食」をめぐる生活スタイルが見直されている今日、〔スローフード、食育〕と並ぶ食の
御三家として〔エコクッキング〕に注目したい。残念ながら「野菜の葉や皮を刻む」など
節約料理のイメージが強いようだ。
 人は食事に栄養補給だけではなく、五感を充たす楽しさ、憩い、お洒落な雰囲気など
プラスアルファを求める。しかしプロ・アマを問わず、献立と買物の思案、ゴミの始末に
至る裏方的作業が日々つきまとう。ゆとりある創造的な食卓をめざすには、効率よく
進めることが大切。安全・安心、環境に優しいかどうかも考慮したい。
 「エコクッキング」とは? 10月に講座を体験してみた。

適材、適所で1玉3役
 当日は、北区の生活改善普及員の方々を中心に、女性23名が参加。
管理栄養士さんが札幌市保健福祉局作成の冊子『エコクッキング』」の概要を説明、
同局で編集・発行の料理集から「レタスを使いきろう」の実習をすることになった。
数名のグループに分かれ、すぐ調理に入った。みな和気藹々、デモンストレーションが
なかった分、レシピを見ながら教えあい協力できた気がする。 
 メニューはレタスを丸ごと使って3品。「中華風混ぜずし、酢のもの、牛乳炒め」 に
外葉から芯まで部分に応じて、「ちぎる、和える、加熱する」と3通りに調理したものが
主役、脇役で登場する。忙しい時に手軽で残りが出ないと心もすっきりしそうだ。
 使いきりは食材の部位の特徴・性質にあった調理法が美味しさのポイント。
「相手」を良く知り、どう生かすか、材料を変えてどう応用できるか。エコクッキングには
費用効果のほか、アイディア次第の面白さがある。
今後はより幅広い実践例が紹介され、豊かなエコレシピの続編が期待される。
 
 試食は好評だった。混ぜずしはレタスの食感が新鮮で、生姜の利いた牛乳ソースは
淡白なレタスと相性が良いと分かった。参加者は講座の主旨を意識して、水を節約、
洗い物が少なくなるように配慮していたようだ。
 片付け後、集めた全員の生ゴミは驚くほど少ない。今回はゴミ出さない最短ルート、
基本的な例の一つと言える。でもエコを意識せずメニューを立て、食材を購入する
ことで、燃やさないゴミの存在をクローズアップする方法もある。
 スーパーなどでは生姜1つにもミニトレイが使われている。例えば、1つの献立例に
伴うプラスチック類などに焦点をあてたらゴミ問題に説得力があるのでは。
休日シェフのお父さんたち、子供たちにも参加してもらい、包装ゴミを実感してほしい。

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# by lumiere6 | 2006-08-21 23:24 | 上記外 環境・科学

店内図書コーナー (佐藤水産本店)

恒星社厚生閣、成山堂、農文協、日本水産学会、小泉武夫教授著書、北海道新聞社、
大学関係、岩波、講談社…。本棚3つに料理書、児童書も。 美味しい緑茶飲み放題、
下記の本を見つけました。

・『狂食の時代』 The Great Food Gamble  講談社 2002.3  ¥1995
   http://blog.bizbook.tv/?eid=67592

・『もう抗生物質では治らない』 The Killers with in 2003.3 NHK出版  ¥2100
  猛威をふるう薬剤耐性菌  http://www.bk1.co.jp/product/2300624

→ 佐藤水産本店 2F : 中央区北4条西3丁目1 (JR駅前)
  AM9:00~PM8:000  佐藤水産:http://www.sato-suisan.co.jp
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# by lumiere6 | 2006-08-19 23:29 | 書籍

日本環境教育学会(北海道) 公開シンポジウム 

      2006年度 日本環境教育学会 第17回大会(北海道)
    大会テーマ 「グローカルな時代における環境教育の課題」

 日時 : 8月18日(金)14:00~17:00
 会場 : 北海道大学学術交流会館 (札幌市北区北8条西5丁目)
 講師 : 石 弘之氏 (北海道大学大学院特任教授)
      竹田津 実氏 (獣医師・写真家)
 コメンテーター : 阿部 治氏 (立教大学教授)
 コーディネーター : 鈴木 敏正氏 (北海道大学大学院教育学研究科教授)
http://www.envrinfo.jp/topic/jsoee/modules/tinyd0/index.php?id=9
            
 memo
・大人も子どもも、誰にでもできる生活スタイル(環境保全を入れていく)を作ること
・研究…調査と設計(社会への提言)、知識ではなく行動
・大学の低学力化が幅を利かせ、総合学習が危機的状況、風前の灯、クラブで細々、
 制限された中で学校教育のカリキュラムの中でどう展開していったら良いか
・戦争によっても自然破壊が起きている、ストップさせても保全
・農民の方々がきつねの全滅に反対。豊かさ…自分に都合の悪いものを抱えられるか、
 小さな変化に対して敏感さをもてるか
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# by lumiere6 | 2006-08-18 23:51 | 北大 学会等

サイエンス・コミュニケーション イメージ〔R〕

Ricafe 立ち上げの頃、作成したイメージ図です。Researchの「R」に転用します。
いつかもっと、改良できれば良いのですが… (画像クリックで拡大)

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# by lumiere6 | 2006-08-17 01:31 | 上記外 環境・科学

海の孤独のなかで …

サイエンスコミュニケーションから少し遠く、8月の今日に…
  Thomas Hardy (英 1840~1928)の詩から2点、

       In a solitude of the sea
    Deep from human vanity,
    And the Pride of Life that planned her, stilly couches she.
     (‘The convergence of the Twain’ 注:第一節のみ)

       海の孤独のなかで
       人間の虚栄から深く離れ
    そしてその船を設計した生命の誇りから深く、静かに船は横たわる。

 長編叙事詩、『覇者』より
                     Truly said he,
     ‘Such gross injustice to their own creation
     Burdens the time with mournfulness for us,
     And for themselves with shame ’..
        (The Dynasts, PartⅢ, ActⅣ, Sc.ⅷ )
   
               いみじくも彼は言った。
     「神々が自らの創造物に加えたこの非道は
     われわれにとってこの世の悲しみで満たし
   神々自らには恥多きものとする。」と。

        出典:『英文学ハンドブック №28 ハーデイ』 (研究社)
        R.A.Scott-James & C.Day Lewis 外山滋比古、藤平武昭 共訳
  

 最後に、セミョーン・ヤーコヴレヴィチ・ナードソン (露 1862-87)
    「ある人の死に寄せて」 (神西 清訳)
     
       わたしに告げるな、あの人が死んだと。
          ― あの人はまだ 生きている!
 
       いけにえの壇は こぼたれても、  
          ― 炎はやっぱり 燃えている。

       薔薇はむざんに もがれても
           ― 花はやっぱり 咲いている。
 
      たて琴の 絃は切れても、
           ― 調べはなおも 泣いている。 

    
 「薔薇と木犀草」 ルイ・アラゴン(Louis Aragon、1897~1982)にも
 惹かれます。
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写真は、20代に刺繍したもの、フランスのDMC糸を使用。いまも飾っています。
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# by lumiere6 | 2006-08-15 16:14 | 文学、芸術 …

サアヂの薔薇 

ある講義で「青いバラ」が話題にされました。rougeの薔薇をご紹介いたします。
 
サアヂの薔薇    LES ROSES DE SAADI c0087710_274560.jpg
この朝(あした)きみに薔薇(そうび)を捧げんと
                    思い立ちしを
摘みし花むすべる帯にいとあまた挿み入るれば
張りつめし結び目これを抑ふるにすべなかりけり

結び目は破れほどけぬ。薔薇の花、風のまにまに
飛び散らひ、海原めざしことごとく去って還らず
忽ちにうしほに泛(うか)び漂ひて、行く手は知らね

波、ために紅に染み、燃ゆるかと怪しまれけり
今宵なほ、わが衣(きぬ)、あげて移り香りを籠めてぞ
  くゆる…
吸ひ給へ、いざわが身より、芳はしき花の思ひ出
      Marceline Desbordes-Valmore (斎藤磯雄 訳)



七夕が過ぎてしまいました。

       天の川 漕ぎ離れ行く舟のうちの
           あかぬ涙の色をしぞ思ふ       建礼門院右京大夫 


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# by lumiere6 | 2006-08-15 02:17 | 文学、芸術 …

サイエンス・コミュニケーション (改題)

                               
かつては仏蘭西文学、こどもの頃から時代小説を好んできました。
ブログとは「かわら版、お触れ書、上意」の如しと申し上げたく候。(真夏の夜の戯言…)

つぶやき様の館でお見かけするブログの中で、存じ上げている方は僅かでございます。
余り良い喩えではないと存じますけれど、類は友を呼び、ご活躍のCoSTEP系の方々が
ほとんどお集まりになっていらっしゃることと拝察いたします。その方々のブログに接する
ことはCoSTEPの特徴を知りうる近道(王道)であるように思われます。

然しながらそのほかの方々はどのようなお人柄かしら、想像しない訳ではございません。
いずれにしましても、大先輩諸氏と同じ舞台に立つにはなかなかの身です。応援したい、
心優しき素適な方々のブログを、ときどきドキドキしながらの訪問がよろしいようにも…

ブログは、書き手とゲストが互いに尊重しあえるなら、実りあるコミュニケーションツールと
して意義があると受け止めております。 犯罪を誘引しないという前提で、本音・虚構に
関わらず気軽なおしゃべりの場も良いですね。本来は自由に選択可能なネット社会が
望ましいです。
 
自然界のような多様性を認めたいとすれば、雑草や虫のはびこりを避けられないでしょう。
ネット環境はおおもとで人間に制御されていますのに、ウイルスやハッカーは別として、
現実社会を投影した日陰の部分が、堂々と?人間の欲望につけ入り、煽ることができ
ます。さすがに規制せざるを得なくなっても、必要悪であるかのように生き残ることは
不可思議です。経済活動上の論理が養分を与えているように見えます。

サイエンスに関して、私は直接お話を伺える機会をできるだけ大切にしたいと考えます。
専門家ご自身や背景に触れることで、少しでもご研究への理解を深め、自分に可能な
科学技術コミュニケーションに焦点をあわせてまいりたいです。
多くの方から吸収し、充電したい心境にあります。Webを通じてお伝えさせて頂くことも
ございますが、ブログにこだわらず、自分の思いを案として形づくる努力をすべきと迷い、
やや躊躇われます。

情報の活きづくり】 未了
近年のシンポジウム等では、意見や報告・発表を同時進行で入力する光景が普通に
なりました。手書きメモは二度手間で、伝達時間と対象にハンディがあります。
「情報の活きづくり」、鮮度が重要なのですね。
熟成・発酵を待つことは確固たる素材でない限り、カビを覚悟かもしれません。

昨年の演習の課題を拝見して以来、ネット社会の「情報とデータ」の境界線、両者の
関係が気になっております。→インターネット・コミュニケーションへの疑問 
数学と論理学に極めて弱いのに、「必要条件・十分条件」の考え方や図に置き換え
られないかと、HPを少し散策しました。

 ・データが情報として発信され、瞬時にaccess、reactionがあり増殖していく。
 コロニーができる。外敵用の防護対策が進化していく。コケムシや微生物を連想する。
 野生にあっては人間の意思に関わりなく繁殖できる、弱そうでしたたかなイキモノたち。
 
 ・インターネットに限らず、情報は人間が関与して成り立ち、人間が得たモノとして管理
 しているはず。ネット社会では自分自身(一部、或る面)が情報と一体化して、生命力を
 もち、あるいは自分も他者も操られ…

染色家の方のブログ『山の手コラム』を読ませて頂き、思い巡らしました。
『あの艶やかな紅色を染めるには,絹1gに対して20gの紅花が要ります.…』 
以下、原料と顔料の比率が懇切に説明されています。
北大地球環境科学院の研究者のHP、『計算生態学』を再読しました。
例えば、或る時代の或る地域の人口×身分毎の衣裳誂え数などから必要な花の種類、
量を逆算して、植生の変遷を推定・シミュレイションできれば…。
アマチュアの妄想です。
趣味が栽培需要を促したとすれば、服飾文化にまつわる農業史があれば興味深いです。
2008/06/04  22:26  改題
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# by lumiere6 | 2006-08-15 02:13 | 囁き